春原敏雄(Toshio Sunohara) 1947年8月14日生まれ。長野県出身。大田区伝統工芸発展の会所属。 平成16年に「卓越した技能者〜現代の名工〜」を受賞する他、数多くの賞を受賞している表具師。15歳から修行を始め、現在も表具という仕事を後世へ受け継ぐべく日々活動する職人。
(表具についてはこちら「千年の歴史と共に室内に美を−表具−」)
15歳で単身上京
戸田秀成(以下、戸田):春原さんの簡単な経歴を教えてください。
春原敏雄(以下、春原):はい。私は中学卒業と同時に上京しました。兄に「これからは手に職をつけた方が良い」という助言を頂き、父の知り合いの方のとこに来ました。父は土方のような仕事で、建設の基礎を作る仕事をしていました。そこで一緒に仕事をしていた人が、東京で経師屋という仕事があるということを教えてくださり、そこで表具師・経師という仕事を初めて知りました。あとは、純粋に東京への憧れというのもありました。
戸田:憧れはあっても東京へ出てくることへの抵抗はなかったんですか?
春原:ちょうどテレビが出始めて、見るとどんどん行きたくなってしまったんですよ。
戸田:憧れですか。いいですね。上京してからの修行先と独立までの道のりを教えて下さい。
春原:まず、父の紹介で大森の表具店に弟子入りしました。そこは襖をメインに取り扱っていて、親方や先輩の仕事を日々見ては真似てワザを盗んでいきました。親方は口では教えてくれなかったんです。どちらかと言うと見て覚える。だからいつも親方や先輩のワザを見てました。そこで18年ほど勤めてから独立しました。この春原表具店を構えたのは昭和56年です。実は、独立後から表具の勉強を始めたんです。当時は、教えてくださる方がいればどこへでも行きましたし、仲間も出来てきて彼らと共に学んだり、時にはグランプリのような大会にも出たりしました。グランプリに出ることによって人に声をかけていただけるようになりました。
戸田:なるほど。上京当時と今とでは違いはありますか?
春原:仕事内容がガラリと変わりましたね。上京当時は襖を作る仕事が多かったんです。毎日のように作っていました。今は新築に和室がない場合が多いので、襖を作る仕事はほとんどなくなりました。私はやってないのですが、内装の仕事多いので表具や経師から内装屋へ職を変えてしまった人が多いです。その時は私自身「内装」という仕事に抵抗がありました。掛軸や襖を作るのが私の仕事であって、絨毯やカーテン作るのは違うと思っていたので私は移りませんでした。みんな仕方なく内装を始めたと思うので、それも良いことだと思っています。私はその道を選ばなかったというだけで。
表具師という仕事
戸田:表具師というお仕事をわかりやすく説明するとしたら、どう説明しますか?
春原:日本の文化と言われる書道などを飾って楽しむ手助けをする仕事ですかね。
戸田:縁の下の力持ちみたいな感じですね。春原さんはどんな仕事が多いんですか?
春原:修復なんかが多いです。屏風や襖もあるんですが、昔から受け継がれている作品の修復が多いです。今は洋間が多いので、洋間にも合う作品づくりも心掛けています。現代にも飾れるものを常に模索してます。
戸田:作る作品はもちろん、表具という仕事については昔と今とでの違いはありますか?
春原:後継者がいなくなりましたね。昔は、息子は家業を継ぐということが多かったのですが、今はそれがなくなりましたよね。私は、職業訓練校で講師をしているんですが、受講生は少し前までは家業を継ぐために学習してきている人が多かったのですが、今はそうでもないです。後継者もいるんですが、インターネットを通して応募してくる人も増えてきています。
戸田:受講生の様子はどうですか?
春原:以前は親に言われて来てる人が多かったのですが、今は自分で学習したいと望んで来る人が多いので、そういう意味では真剣に取り組む生徒が増えてきました。一概に昔は悪かった、今が良いというわけではないのですが、講師から見て真剣さは変わったなと思います。
戸田:訓練校で学ぶのと、はじめから工房に弟子入りする違いはなんですか?
春原:私は訓練校にまず行くほうが良いと思っています。それは、仲間という部分が一番大きいですね。訓練校で仲間を作り、切磋琢磨出来る仲になる。そうすると仲間の仕事を手伝うようになったりして、自分の幅も広がると思うんです。卒業後、弟子入りした工房が取り組んでいないような仕事を仲間のところではやっているかもしれない。そこから学び、更に自分の幅を広げることが大事だと思ってます。
戸田:春原さんにとって今までで一番嬉しかったことはなんですか?
春原:昔、表粋会(ひょうすいかい)という会を作ったんですよ。この会が育っていて、どんどん下の世代が育っていることが嬉しいですね。今は30人以上会員がいて、9割方訓練校卒業した生徒なんですよ。私は途中で代表をやめて、平会員になったんですが、その過程でどんどん良い職人が出てくるんですよ。そういう意味では嬉しいですし、作って良かったなと改めて思います。
正しいプライドと、自分の哲学と共に
戸田:こだわりや譲れないポイントを教えて下さい。
春原:自分の知っていることを全て出し切ることですね。手を抜いたら仕事がなくなりますし、だいたいバレてしまう。だからこそ今まで自分が培ってきたものを全て出し切り、お客さんが望む作品を作り上げることです。実は、うちには他の表具師が失敗した作品も来るんです。ウチで3、4件目ですと言われて来ることもあり、そういったものを直しますが今まで一回もクレーム等はないんです。これもやっぱり自分がやれることを全てやる。そしてお客さんにどのように仕上げるかを最初に説明するようにしています。「綺麗に仕上げてください」と言われても「綺麗に」というのはとても難しくて、人によって違うと思うんです。なので私は、どんな工程を経て、どのように仕上げるかをお伝えすることを大切にしてます。
戸田:最後に春原さんは今後についてどうお考えですか?
春原:伝統という部分でこの仕事をちゃんと若い世代へ受け継げるようにしたいです。それはワザを伝えることだけではなく、若い世代が活躍出来るようにしていきたいです。今の日本は、何でもかんでも安いものがもてはやされていて、代用品が多い。そればかりだと日本の文化がなくなってしまうと思うんです。なので、私は自分のワザや作品を広めると同時に若い世代へ繋いでいきたいです。
私の後継者についてはあまり考えていないです。なので、私がもしこの仕事をやめるときは持っている道具などは次の世代へ渡すと決めています。私も先輩や仲間から頂いたものもあり、今があるので、私も自分が作った作品、使った道具を受け継ぎ、表具という仕事が今後も続けばと思っています。
春原表具店
住所:東京都大田区東矢口3−21−5
Tel:03-3736-9863
Fax:03-3736-9877
定休日:日曜日