祖父からワザを受継ぐ−江戸鼈甲 宮本拓哉−

 

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宮本拓哉(Takuya Miyamoto)

宮本工業有限会社 代表。江戸鼈甲職人。
1982年4月6日生まれ。東京都豊島区出身。豊島区巣鴨で100年以上続く江戸鼈甲の老舗「宮本工業有限会社」の3代目。豊島区無形文化財保持者であった祖父の宮本正義氏(二代目・平成26年没)の後継者としてワザの伝承をしている。

(江戸鼈甲(べっこう)についての記事はコチラ⇒見る人を魅了する希少工芸―江戸鼈甲―

見る人を魅了する希少工芸―江戸鼈甲―

2020.09.21

◎祖父への憧れとワザの継承

戸田秀成(以下、戸田):宮本さんはこちらの3代目ですね。小さいころから家業を継ぐことを考えていたのですか?

宮本拓哉(以下、宮本):考えていました。工房が祖父の仕事場であり、仕事場と家が同じ敷地内にあるのでどうしても工房に遊びに来ちゃうんですよ。そして祖父の仕事を間近でいつも見ていた。自分もモノづくりが嫌いじゃなかったので、いつか継ぎたいという気持ちになり、歳を重ねるごとに真剣に考えるようになり、気持ちは強くなっていきましたね。中学卒業と同時に修行したかったんですが、大学まで行くべきであると師匠である祖父に言われたので高校・大学へと進学しました。大学では、鼈甲はタイマイの甲羅を使っているし、昔から魚とかが好きだったのでなにかしら応用が効くと思って生物系の勉強をしました。 その後、23歳から弟子入りして修行を始めました。

戸田:家業を継ぎたいと思った決め手はありますか?

宮本:実は父親が継がなかったんですよ。そこで、祖父のワザを受継ぐ人がいないと思った時に技術が途絶えてしまうのは嫌だなと思った時ですね。そしてやっぱり、自分が小さいころは兄弟子も工房にいて、よくキャッチボールなどして遊んでもらってましたね。自分にとって祖父の仕事場が遊び場だったので鼈甲と触れる機会が多かったことと、兄弟子に可愛がってもらったのが一番大きかったかもしれませんね。

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戸田:いいですね。では、大学卒業後の23歳から弟子入りされて、今何年目ですか?

宮本:今年で11年目です。昨年、祖父が亡くなったのですが、10年間弟子として修行させて頂きました。祖父は一人前になるのに最低10年は必要と言っていましたし、一通り学ばせて貰いましたね。

戸田:宮本さんの修行はどんな感じだったんですか?

宮本:ウチはもしかしたら特殊だったかもしれません。祖父は口で説明するより、見て覚えろと言っていました。なので祖父の仕事を見ては真似していました。今は当時を思い出しながらやっていますね。どうしてもわからないことは近くにいる兄弟子に聞きに行ったりしてます。昔も今も兄弟子に可愛がってもらってます(笑)。

◎美しい色を出したい

戸田:鼈甲細工の作り手としての面白さは何ですか?

宮本:色合いが一番ですかね。作る工程で何枚も重ねるんですが、想像通りに色味が出たりするのが面白いです。あと、商品によっては難しいものがあるんですが、そういうのが上手く出来上がると嬉しいですね。以前は祖父に途中で聞いたりすることができたんですが、今は1人でやっているので試行錯誤の繰り返しなので。だからこそ、美しい作品が出来上がった時は面白いと感じるし、嬉しいですね。

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戸田:そんな中で宮本さんの好みの色はありますか?

宮本:タイマイの背中面の甲羅から取れるトロ甲や散斑(ばらふ)という色・柄があるんですが、一番加工が難しい部分でもあるので、個人的には気に入っています。白甲やオレンジ甲みたいに高級で綺麗な色のものもあるのですが、出来上がった時の色味と、その色味を出す工程がとても面白いので、作り手としてはトロ甲や散斑が気に入っています。

◎輸出入禁止されてしまった原材料

戸田:タイマイの輸出入はワシントン条約によって禁止されてしまいましたが、原材料はどうしているんですか?

宮本:東京鼈甲工芸品工業協同組合という鼈甲細工を作る職人の組合があるんですが、輸出入禁止される前に持っていたものを組合のみんなで交換したり、作るものに合わせて分けあっています。例えば、メガネなんかは無駄なく甲羅を使えるんですが、ペンダントなどの丸く切り取る必要があるアクセサリー系は無駄になる部分が多いですね。なので、もう使えない部分は他社が持っているものと交換という感じ。 今後は、養殖の研究が進んでいるのでそちらに期待しています。

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戸田:天然のものと養殖のでは違うんですか?

宮本:以前試験的に加工させて頂いたんですが、見た目はほとんど変わらないです。でも、養殖されたものは加工しにくく感じてしまうものもあります。 養殖されたタイマイの甲羅は柔らかく、どうしても割れやすい性質を持っているんですよ。プレスする時にどうしても潰れすぎてしまったり、割れてしまうんです。だから、天然とは同じ技法では上手く加工出来ないので、各技法において養殖向けの技術も考えなければいけないかもしれませんね。プレスする前の鉄板の温度を変えるとか。

戸田:ちなみに原材料である鼈甲の加工業者は長崎に多くありますね。江戸鼈甲と長崎鼈甲では違うんですか?

宮本:そうですね。作っているものが違います。長崎ではお土産向けのアクセサリーをメインに作っていて、東京ではメガネや簪(かんざし)などの和物が中心でした。

戸田:なるほど。だから、一般社団法人日本べっ甲協会(URL:http://www.bekko.or.jp/)も長崎にあるんですね。

宮本:そうです。ちょうど来週、長崎に行くんですよ。因みに、タイマイ自体は琉球地域にも生息しているんですよ。でも、もっと赤道近くのほうが多く生息している。そこから運ばれてくるものが長崎だから、長崎に加工業者さんが多いのかもしれません。

◎逸品を作りたい

戸田:ところで宮本さんが一番得意とする作品はありますか?

宮本:祖父がメガネが得意で「巣鴨の宮本はメガネ」と言われていたこともあり、メガネ作りは僕も得意ではありますね。 でも、正直言うと時間がかかる難しい作品を作るのが好きです。以前、鎧や風車の簪(かんざし)を作りました。

戸田:今、それらの作品はありますか?

宮本:これです。

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宮本:型取りなども含めると2ヶ月弱かかっているんですが、他の仕事の合間を縫って進めていたので時間がかかってしまいましたね。実はこの刀、ちゃんと抜けるんですよ。

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宮本:簪はこちらです。どれも非売品なんですが、実はもっと作りたいんですよね。

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宮本:もしかしたら見たことある人もいるかもしれませんが、こんなのも作っていますよ。

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◎祖父からのバトンを後世にも

戸田:最後に、後継者について考えていますか?

宮本:今ある原材料でやっていくのは僕も厳しいということがあります。なので、後継者を育成するには養殖が今後どうなるかにかかっていると思います。気持ち的には継いで欲しいという想いはあります。 そして、僕は死ぬまで鼈甲職人でいたいですね。祖父には修行しているときからずっと「死ぬまで修行」と言われていて、祖父も文字通りの職人だったので僕もそうなりたいです。

戸田:かっこいいですね!本日は、ありがとうございました。

宮本:こちらこそありがとうございました。

(終)

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見る人を魅了する希少工芸―江戸鼈甲―

2020.09.21
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宮本工業有限会社
創業:明治40年頃
代表:宮本拓哉(3代目)
住所:〒170-0002 東京都豊島区巣鴨3−21−29
組合:東京鼈甲工芸品工業共同組合
Tel:03-3917−2596
Mail:info@bekkou.com
HP:http://www.bekkou.com/