詳説!国宝土偶の魅力

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10月15日〜12月7日に東京国立博物館にて開催された『日本国宝展』で、ひときわ人だかりができ、一目さえ困難だったのは土偶の展示でした。そして一見すると同時に、思わず感嘆の声を漏らす人も多くいたのは驚くべきことです。

縄文時代(紀元前3000年)に作られたものが、現在でも多くの人々の心を惹きつけ、見とれさせるのは何故でしょうか。謎多き土偶の神秘的な魅力に迫ります。

◎土偶とは

縄文時代に作られた、人間や神や精霊を摸したとされる素焼きの土人形です。

◎なぜ土偶は作られたのか?

1. 神像説(しんぞうせつ)
明治から始まった日本考古学の100年以上もの歴史において、土偶は神様を形どったもの、信仰に関わるものであるという説が有力とされ、継承・展開されています。以降の推論は、この説に基づいたものとなります。

2. 女神像説(めがみぞうせつ)
この説は、日本最古級で3センチほどしかない土偶が滋賀県で出土したときに生まれました。その土偶は小さいにも関わらず、立派な乳を持っていたのです。確かに、多くの土偶がお乳やお尻といった妊娠を思わせる特徴を持っています。そのため、妊娠や安産の守り神、女神なのではないかと考えられています。

3. 地母神説(じぼしんせつ)
西欧では、セクシーで美しい裸体の彫刻ミロのヴィーナスで有名な、アプロディーテという豊穣と生殖、春を司る地母神がいます。土偶は似たような性質を持っているため、それと同じく大地の実りを祈って作られたという説もあります。

4. 故意破損説(こいはそんせつ)
数万点が出土している土偶の九割九分が、破損した状態で発見されています。そのため、まじない、呪術のためにあえて壊されていたのではないかとも考えられています。また、手や足のない状態で出てくる場合もあることから、身代わりとして扱われていたのではないかとも推測されています。つまり、家族が右足を怪我した場合、土偶の右足を壊して治癒と回復を祈ったのではないかということです。

◎魅力的な国宝土偶たち

では、具体的にどのような土偶があるのか見ていきましょう。なかでも、国宝とされており現在でも大切に保管されているもので、土偶の魅力をすぐに分かってもらえる代表的な作品と見所をご紹介します。

<縄文のビーナス>
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縄文時代(中期)前3000〜前2000年
長野県芽野市 棚畑遺跡出土

ふっくらとした曲線が可愛らしく、見ていると心が癒される土偶です。現代の言葉を借りれば、まさに「萌え」を感じさせる作品ではないでしょうか。太い足によって絶妙なバランスが取れており、ちょっと内股に立っているのには縄文時代を生きた作者の美的センスがひしひしと感じられます。また、シンプルな造形の身体に対して、頭の部分には細かい模様が描き込まれています。全体に光沢があるのは、よく磨かれた証拠です。
(画像引用元:茅野市ホームページ

<縄文の女神>
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縄文時代(中期)山形県船形町 西ノ前遺跡出土

一風変わって、こちらは直線的でさっぱりとした印象です。しかしながら、腰の反りと後ろに突き出ているお尻からはセクシーさが感じられます。また、脚の部分の縞模様や胸のあたりの曲線の模様など、細かい工夫が見られます。私は真っ先にパンタロンを履いている女性を思い浮かべましたが、みなさんにはどんな風に見えますでしょうか? 現在の美的感覚から見ても全く違和感のなく、むしろ新しささえ感じさせる作品です。
(画像引用元:山形県立博物館HP

 

<中空土偶 芽空(かっくう)>

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縄文時代(後期)前2000〜前1000年 北海道函館市 著保内野遺跡出土

これは中空土偶といって、中が空洞になっている薄作りの土偶です。このことにより、作品に繊細さが生まれますが、割れやすく作ることが大変困難になるのは言うまでもありません。当時の人々がどれだけ情熱を持って土偶を作っていたかが推測できます。
また、中が空洞というのには、魂や実体のないパワーを宿らせるためとも考えられています。「芽空」は、一見して女性か男性か判断できないので、精霊を摸したのではないかという説もあります。中が空洞という「空(うつろ)」と、表情の「虚ろ」のどちらも伺えることから、古代から「うつろ」という概念には神秘性も含意されていると考察されます。
(画像引用元:北の縄文道民会議

<合掌土偶>
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縄文時代(後期) 青森県八戸市 風張1遺跡出土

手を合わせてポーズを取った土偶です。ポーズ土偶が他のものと違うのは、作者の意図が作品に色濃く反映されているという点です。そのため人間味がより一層強まっています。この「合掌土偶」からは現代のフィギュアにかなり近いものが感じられますね。ポーズが意味していることを探ることで、縄文人の世界観がどのようなものだったのか想像を巡らせることができます。私には祈りを捧げているようにも見えますし、何かをお腹の辺りに抱えて守っているようにも見えます。ぜひ、自分の感性を働かせながら、推論を立てて考えてみてください。
(画像引用元:八戸市ホームページ

〜最後に〜

土偶をみて分かることは、ものを作ることや作ったものに対する愛情が今も昔も変わらないということです。今のような大量生産が不可能で、この世に一品しかないものが溢れていただけに、そういった感性は歴史を遡れば遡るほどに強かったかもしれません。

作った人の愛が込められているほど人々はその作品に惹きつけられます。土偶の魅力とは、作品を通して感じられる、縄文人の感性だと考えます。今回ご紹介した以外でも多くの出土品があるので、調べてみてください。最古から始まっていた日本のものづくり文化を肌身で感じながら再考することができます。

 

参考文献:瀬口眞司ほか著『縄文人の祈りと願い』

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ABOUTこの記事をかいた人

Rie

東京都在住の文学部生。趣味は映画観賞、読書、絵画。ものの背景にある、歴史や作り手の物語を知るのが好きです。