繊細かつ堅牢に仕上げる江戸指物師ー茂上 豊ー

茂上 豊(Yutaka Mogami)
1953年(昭和28年)東京都、蔵前生まれ。江戸指物師。
江戸の粋を100年以上続く工房「茂上工芸」にて先代から受け継ぐ技術と道具で守っている。2013年には東京都優秀技術者(東京マイスター)知事賞受賞。趣味はアウトドア。

東京都台東区には数多くの職人が存在し、区主導で「台東区手作り工房マップ」が作成されたりするなど、ものづくりが根付いた街の一つである。今回は、目に見える表側ではなく、作品の裏側に江戸の「粋」を施す江戸指物師の茂上 豊さんにお話を伺いました。

江戸の粋を表す和家具ー江戸指物ー

2020.10.30

インタビュー動画

二代目の後を継いだキッカケは身近な存在

戸田 秀成(以下、戸田) 本日は宜しくお願いします。まず最初に伺いたいのですが、茂上さんはなぜ職人の世界に入ったのでしょうか?

茂上 豊(以下、茂上) 私は茂上工芸の三代目です。男(息子)一人だったもので、子どもの頃から、親から強要されたわけじゃないですが、後を継ぐという気持ちはありましたね。

戸田 やっぱり身近で手仕事を見ているというのは大きいのですかね。

茂上 そうですね。そういった気持ちもあったことから、大学卒業してから親父の元に弟子入りしました。その頃はまだ、職人さんが4人ほど工房にいたので、その方々に教えて頂きました。なので、指物師になったキッカケは親父の存在が大きいです。

戸田 親が職人であっても、企業に就職するなどの違う道を歩むことも出来たと思うのですが、違う道を歩みたいと思わなかったのですか?

茂上 親には大学に行かせてもらったのですが、在学中はどこの企業も受けませんでしたね。それは、後を継ぐつもりでいたので。高校卒業時に親に聞かれたんです、「お前どうするんだ?大学は行かずして、ウチでやるのか?」と。当時はやりたいこともあったことから大学には行かせてもらいました。でも、当時から大学卒業後は後を継ぐということは公言していました。

「感性を磨く」のは作り手の基本

戸田 その「やりたかったこと」とはなんですか?

茂上 外国に行きたい。旅をしたいとずっと思っていました。今で言うバックパッカーですね。

戸田 では、外国はけっこう行かれたのですか?

茂上 大学4年のときに何カ国か行きましたね。二ヶ月くらいかけて一人でヨーロッパに行きました。本当に今で言うバックパッカーのような感じです。

戸田 当時の経験は今のものづくりに活かされていたりしますか?

茂上 そうですね。昔から絵を描くことが好きであり、美大に行きたいという想いがあったことから、当時訪れた地では必ず美術館に行くようにしてました。

恐らく当時の経験は、感性みたいなものだと私は思っているので、実際に私が作るモノにつながっているかは難しいところです。ですが「感性を磨く」という点では活きていると私は思っています。

代々受け継ぐ技法を大切に

戸田 茂上さんが得意とする技法や作品はありますか?

茂上 作品でいうと「格子もの」といいますか、格子がいっぱい入ったものは得意ですね。江戸の粋を感じさせるような「格子戸」なんかがイメージし易いかと思います。

格子戸のイメージ画像

茂上 技法ですと、親から受け継いだもので「留型隠蟻組ほぞ(とめがたかくしありくみほぞ)」が得意です。これは江戸指物では特徴的なものなのですが、見えない部分に組み手を施す技術なんです。

留型隠蟻組ほぞ(とめがたかくしありくみほぞ)とは?
家具製作時に、組手が表から見えないように裏に組接ぎを施す技術。国家的資格である「日本の伝統工芸士」に認定されるにはこの技術を熟達していることが必須である。

茂上 江戸の技術は、表に華やかに出すのではなく、見えない部分にこだわるんです。江戸時代には贅沢が禁止されていたじゃないですか?

だから羽織の中に絹を羽織ったり絵を描いたりしていた。外から見ると木綿のようなものでも、中でオシャレをしている。これと同じだと思って頂けたら分かりやすいかと。

戸田 表に出ない華やかさや職人のワザ。では、これらはどうやって良し悪しの見分けをつけているんですか?

茂上 我々が作る作品は見えない部分にその粋を施すことが多いので、他の職人が作ったものの良し悪しは、材料で見分けていることが多いです。それはどんな材料を使っているかで見た目は変わってくるからです。他には板の厚みも注目したりします。「もう少し板を薄くすればスッキリするのにな」とか思うことは多いです。

一見「華奢」だが、実は「堅牢」に出来ている

戸田 茂上さんが考える“江戸指物”の定義と特徴はなんですか?

茂上 昔から言われていることは、江戸指物の特徴としては板の厚さが薄かったり、棒の太さが細かったり、一見作ったものが華奢(きゃしゃ)に見えることがある。でも、見えないところにほぞ組を施したり、様々な工夫をすることによって堅牢(けんろう)に出来ている。

ほぞ組(ほぞぐみ)とは?
ほぞ組とは、一方の材料に「ほぞ」と言われる突起の加工を施し、もう一方の材料にほぞ穴を加工し、差し込むことによって接合する技術のことをいいます。

茂上 あとは、木目の美しさ。これを皆さんに見ていただきたいです。我々は木目の良いものを使うことを大事にしているので。

金物も、木の美しさを活かすべく使う量は最小限にしています。これは、金物によって木目の美しさを失われないようにするためです。

木材を組んでいることから金釘を一本も使っていない。これも特徴の一つだと思います。

合曳(正座椅子):持ち運びが可能な組み立て式の正座椅子

定義についてですが、『昔は畳の上で使うような、小さな家具が指物。それらを作っているのが指物師』と説明するようにしています。

洋間、和室問わず使える家具を目指して

戸田 畳の上で使う小さな家具ですか。現在は、ライフスタイルが変わりつつあり、和室が減ってきていますが、作るものも変わってきていますか?

茂上 生活様式が変わって畳の世界からフローリングの世界へ、ということもあり、家具も変わらなきゃいけないと思っています。私は、洋間・和室問わず使える家具を目指して作っています。

床暖房あるじゃないですか?昔の形や技法をそのまま使っていると、床暖房によって熱せられた空気が内部に溜まってしまい、木が収縮してしまい、故障の原因となってしまうんです。なので、床暖房でも使える家具を作る時はどこかに空気の逃げ道となる穴を作らないといけない。こういった取り組みをしています。

戸田 木の収縮ですか。そんなこともあるとは知りませんでした。では、そういう取り組みを進める中で参考にしているものはあったりしますか?例えば、大手家具メーカーさんの家具だったり。

茂上 はい。家具メーカーさんのはもちろんですが、仕事はもちろん家族と訪れる場所の家具とかもよく観察しています。後は、鉄で出来ているものを木で応用することは出来ないか?なども考えたりしていますね。

戸田 鉄で出来たものを木材で再現ですか。凄い。ぜひ、実現したら見てみたいです!

既成概念にとらわれないものづくり

戸田 続きまして、木で作った意外なものはありますか?

茂上 そうですね、ネクタイを以前作りました。

戸田 木のネクタイ!?一枚の板で出来ているということですか?

茂上 いえいえ、ちゃんと動くようになっていますよ。

戸田 凄いですね。実際に身につけることが出来るんですね。

戸田 では、これまでで一番難しかったものはなんですか?

茂上 最近ですと、3年ほど前に作ったものなんですが、ある会社の社長さんから頼まれ、奈良時代の玉座のレプリカを作りました。

戸田 玉座ですか。難しかったというのは、モノ自体がないからですか?それとも技法的にでしょうか?

茂上 簡単な図面を書いてもらいましたし、本物は博物館にあるので写真もあるのですが、どう組み立てるのかを考え、試行錯誤を繰り返しました。
この玉座は、自分の技を試されている部分もあったと感じたので作っていても楽しかったのですが、期待されていることもあってか難しかったですね。

戸田 満足いく形にはなったのでしょうか?

茂上 はい。私自身も満足いく形で完成し、先方も嬉しがっていました。

戸田 それは良かったですね。茂上さんはかつて使用されていたものなどを復活させることも可能なのですね!

先代からの道具は守り、自分好みの道具を自分で

戸田 工房を訪れてまず気付いたのが道具の多さですが、代々受け継がれている道具はありますか?

茂上 おじいさん(初代)の時代からずっと使っているノコギリがあります。これ(下)が初代から使われているので、こっち(上)が普通の大きさです。これは「あじびきのこ」といって、ミゾを作るときに使う道具です。

刃が欠けると挽きにくくなるから、一回平らな状態にして新たにノコギリの刃を作る。これを繰り返しているうちにこの大きさになりました。初代からなので、約100年前のものですね。

戸田 凄いですね!鉋(かんな)も、ものすごい数ありますね。

茂上 はい。いくつか自分で作ったりしてます。

戸田 ご自身でですか?

茂上 はい。作る作品によって使う鉋のサイズを変えたり、刃の角度を変えるのですが、作品によっては金物屋さんで買えるものでは対応できないのがあるので自分で作ったりしています。

4代目へ繋げたい

戸田 ちなみに、現在の生産体制はどうなっているのでしょうか?

茂上 ものによって完成までに要する時間は違うのですが、小箪笥であれば約一月。塗装を含めるともう少し時間がかかりますね。
大きくなればなるほど時間かかりますし、小さければ週単位で出来上がる。

そして生産体制ですが、ウチはもう私一人です。

戸田 お一人ですか。弟子募集とかはしないんですか?

茂上 昔はしていたんですが、やっぱりみんな続かないんですよね。これはどの業種も同じだと思うのですが、やっぱり普通の企業さんと比べてしまうと払える給料が少ない、仕事も覚えることが多く、ハードワーク。また、弟子を入れて取り組むほど仕事の需要があまりないということがあります。

戸田 なるほど。どこも厳しい状況なのは変わらないんですね。ちなみに茂上工芸さんの4代目は?

茂上 26歳の息子が現在、木工の学校に行ってます。

戸田 木工の学校というと?

茂上 昔で言う「職業訓練校」ですね。今は「能力開発センター」と名前が変わってしまいましたね。一年間そこでみっちり学んでますね。

戸田 では、息子さんが4代目として?

茂上 どうでしょう。そこはまず学校を終えて、本格的に弟子入りしてからですね。

戸田 なるほど。でも、3代続いたこの工房を3代で終わらせてしまうのももったいないですしね。それにお得意様などもいらっしゃいますよね?

茂上 そうですね。昔はこの業種にも問屋がいたんですよ。問屋から職人へ注文が入り同じ型のものを数十個作る。昔は問屋がいっぱい仕事を持っていて、それらを各職人に依頼していたんですが、今はもう問屋がなくなってしまったんですよ。多分0ではないと思うんですが、ウチは問屋との取引は一切ないです。

戸田 では、今お仕事はどうされているんですか?

茂上 昔から付き合いのあるお客様、HPを見てご連絡を頂く方、そして組合でやる展示会等で知り合う方々から注文を頂いていますね。

「粋」を表現しつつ、現代のニーズに合わせて

戸田 茂上さんの譲れないこだわりはなんですか?

茂上 どこかに「粋」が現れていることを大事にしています。板も厚すぎず、スッキリさせています。

戸田 粋を表すですか。そのようなことを大事にする中で、今後についてはどう考えられていますか?

茂上 そうですね。すごく難しいですが、生活様式が変わってしまったというのが現在の業界の状況を作った最大の要素だと思っています。

例えば、鏡台。畳の上に正座をしてお化粧をする台なんですが、今はもう畳はないし、正座をしてお化粧をする人は少なくなってきていると思います。また、タバコ。タバコを吸う人は減ってきている上に、煙管(きせる)を使用する人・所有している人も減ってきている。そうなると、歌舞伎やお茶の世界に限られてくる。

火鉢も同じです。今は火鉢ではなく、暖房器具が豊富になってきているので変化している。

どんどん生活様式が変わっているので、指物の置き場所がなくなってきてしまった。

箪笥(たんす)もそうです。箪笥の置き場がクローゼットへ、クローゼットはウォークインクローゼットへと変化してきました。

こういうことをふまえて、我々は「デザイン」や「使い勝手」を重視し、昔から伝わる技術を用いて現代のニーズに合ったものづくりを進めていく必要があると思っています。

戸田 現代のニーズに合わせたものづくり。大事ですよね。

茂上 はい。やっぱり、モノが多くなればなるほど値段も高くなってしまう。でも、価格を抑えようと小さいモノを作ると職人の持つ技を最大限発揮出来ない。
なので、現代のライフスタイルに合った、手の届くモノを作っていきたいですね。

やっぱり、展示会などでは「高いね」や「今の生活に合わないわ」と言われることも多いので、課題はまだまだ残っているなと思っています。

戸田 なるほど。まだまだ取り組めることや挑戦出来ることは多そうですね。本日はありがとうございました!

茂上 こちらこそ、ありがとうございました!

(終)

茂上さんの作品

茂上さんの作業風景

茂上工芸

住所
〒111-0051 東京都台東区蔵前4-37-10
営業時間
09:00〜17:00(月〜金)
アクセス
都営大江戸線・浅草線「蔵前」より徒歩5分程
銀座線「田原町」より徒歩7分程


江戸の粋を表す和家具ー江戸指物ー

2020.10.30

【Written by Shusei Toda】
【Photos by Ryonosuke Kaneko】