電気を使わず、どこでも風を起こせるというのは想像以上に画期的です。
エアコンや扇風機といった多くの電化製品や、保冷剤や新素材の服等のありとあらゆる便利グッズがありますが、電気が必要であったり持ち歩けなかったり使用時間に限度があったりと何かしらの制約がつきものです。
それに対して、長い間殆ど形を変えずに親しまれている道具は「うちわ」以外に他なりません。
今回は、そんな日本の文化と、伝統的工芸品の「房州うちわ」をご紹介します。夏のお供の魅力を今一度見直してみましょう。
◎日本三大うちわ
夏の暑さが厳しく湿度が高い日本では、手で扇いで風を起こすことが古代から行われています。
そしてその道具は時代と技術とともに形状や材質の改良を重ねて、より一層使いやすくなっていきました。
持ち歩くだけでなく、客間に一本うちわを備えることは、おもてなしとして一般的でした。
様々なものが存在するなかでも、「日本三大うちわ」といって名産品と称されているのは「房州うちわ(千葉県)」「京うちわ(京都)」「丸亀うちわ(香川)」です。
【三つの特徴】
房州うちわ:丸柄で、48〜64等分に割いた骨を糸で編んで作られる。女竹を使う。
京うちわ:倭寇によって伝わった朝鮮うちわが元。木製の柄が後で取り付けられる。
丸亀うちわ:竹を割って平たく作られる。男竹を使う。全国生産の8〜9割を占める。
(参考:房州うちわ振興協議会)
◎南房総市
「房州うちわ」は千葉県の南房総市と館山市で作られています。「房州」という呼び名は、かつて廃藩の前に房総半島の南側が「安房国(あわのくに)」と呼ばれていたことに由来します。
うちわが関東で作られ始めたのは江戸時代で、もともと房州は竹の産地として材料を東京に送り出していました。しかし、大正12年の関東大震災で現在の日本橋にあったうちわ問屋が大火に見舞われました。
そこで当時東京への船出が多かった千葉へと問屋が移住していったことがきっかけとなり、うちわの生産地が房州へと移っていきます。
古くからの漁師町であった現在の南房総市富浦地区では、男たちが漁に出ている間におかみさんがする手内職としてうちわ作りが盛んになりました。大正末期から昭和の初めにかけては、年間700〜800万本が生産されており、1000人近くの作り手がいました。
◎江戸うちわの歴史
生産地が房州に移る前、江戸で作られていた時期は「江戸うちわ」という呼称がありました。これが、「房州うちわ」の前身です。
初めの頃は矢に使われた竹がリサイクルされていました。京や丸亀のものと違って、手で持つ部分が丸く、先が赤や青に染められているのはそのときの名残です。
江戸の庶民の間でうちわが流行したのには、暑さ対策の他にも意外な理由があります。華やかなイメージが強い江戸ですが、幕府が庶民の纏う色や品物を制限し倹約を強制する「贅沢禁止令」が施行された時代でもありました。そのため、歌舞伎役者の似顔絵や美人画、木版刷りの浮世絵といった柄の江戸うちわは、庶民にとって数少ない娯楽となりました。
贅沢品といって取り締まられていた浮世絵も、うちわの柄と言うことであれば見逃されていたのです。
◎房州うちわの魅力
女竹という細くてしなやかな竹が原料として使われます。一本の竹を細かく割いているため、とても軽く、力を使わずに風を起こすことができます。割れにくく弾力のある竹を選別しているので、丈夫で長持ちします。江戸うちわと同じく、個性豊かな柄を用いられるので持ち歩いても飾っても絵になります。
◎工芸品として
一本の「房州うちわ」を作るためには、21工程を有し、一人で作ろうとすれば1日に4〜5本が精一杯と言われます。そのため、各工程ごとに分業してそれぞれの職人が携わって作っています。
分業のうちの一つでも欠けてしまったり、不備があったりすると完成させることができないので、経験と知識を持った職人たちが作業に従事する必要があります。
例えば、良質な竹の仕入れ、適当な長さに切られた竹の皮むきや水洗い、それぞれの役割を持った人が存在します。こうして一枚一枚丹念に手作業で作られたものが工芸品として売られています。
〜最後に〜
「房州うちわ」は千葉県で唯一の経済産業大臣指定の伝統的工芸品です。
時代の変化でかつてほどの必需品ではなくなったものの、地球温暖化対策のエコや、東日本大震災以降の節電に大きな役割を担うとして再び注目されています。
また、房州の職人たちが丹精込めて作ったうちわが運んでくれる風は、特別に心地よいものです。色とりどりの柄が暑い日の心を和ませるとともに、ファッションとして個性を演出できます。
最近では、オリジナルの柄や素材、友禅染めを取り入れたりと、伝統的な技を保ちつつも現代の生活様式や好みに合う作品作りも行われています。ぜひ一度手にとって確かめてみてください。
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